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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)4654号 判決

原告

小橋川健吉

被告

今井秀雄

ほか二名

主文

一  被告らは各自原告に対し金一九〇万五〇四四円およびこれに対する昭和四七年六月一七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は三分し、その一を被告ら、その余を原告の負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

一  被告らは原告に対し各自金七、八八六、七六二円およびこれに対する昭和四七年六月一七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並に仮執行の宣言

(被告ら)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

(原告)

一  事故の発生

原告は左の交通事故により傷害を受けた。

(一) 発生日時 昭和四五年五月二六日午後一時頃

(二) 場所 熊谷市大字熊谷三四一四先交差点

(三) 加害車両

(イ) 埼五一す四七八四号、乗用車

(ロ) 熊谷市う五七〇号、オートバイ

(四) 運転者

(イ) 右(イ)の車両 被告今井秀雄

(ロ) 右(ロ)の車両 訴外上田信雄

(五) 所有者

(イ) 右(イ)の車両 被告喜田佳良

(ロ) 右(ロ)の車両 被告猪原修作

(六) 態様

原告が、右上田が運転する右(ロ)の車両の後部座席に乗車し、前記交差点を直進通過しようとした際、右(イ)の車両を運転して同交差点を右から左に直進しようとした被告今井が一時停止を怠り、前方を注視せず直進を続けたため、自車を右(ロ)の車両の右側面に衝突させ、同車を横転させたものである。その際原告は路上に投げ出されて負傷した。

(七) 傷害

(病名)

頭部打撲症、頭部内出血、脳挫傷、顔面擦過創、無嗅症。

(入院)

(イ)  河野病院、昭和四五年五月二六日から同月二八日まで(三日間)

(ロ)  社会保険大宮総合病院、昭和四五年五月二八日から同年六月二四日まで(二八日間)

(通院)

(イ)  右(ロ)の病院、昭和四五年六月二四日から同年七月二日まで(九日間)

(ロ)  武蔵野病院、昭和四五年六月一六日から昭和四六年二月二六日まで(二五六日間)

(後遺症)

(イ)  右側頭痛、軽度小発作様状態等の労災等級第一二級一二号の後遺症

(ロ)  無嗅症、労災等級第九級五号に相当する後遺症

二 責任原因

被告喜田、被告猪原は右各車両の所有者であり、これを自己のため運行の用に供していたものであるから自賠法三条により、被告今井は右過失があるから民法七〇九条により、連帯して原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

三 損害

原告に生じた損害は次のとおりである。

(一) 治療費 三二万四〇二一円

(二) 通院費 一万二〇〇〇円

(三) 逸失利益現価 六九二万〇五五〇円

(年令) 二一才(大学四年生)

(収入) 大学卒の給与は最少限月五万円及び賞与二ケ月分年収七〇万円

(労働能力喪失率) 四五%(八級相当)

(就労可能年数) 四一年(ホフマン係数二一・九七〇)

七〇万円×〇・四五×二一・九七〇=六九二万〇五五〇円

仮りに右逸失利益の損害費目が認められない場合には、右金員を慰藉料に加算して請求する。

(四) 慰藉料 一九〇万四二一二円

前記傷害および後遺症に応ずる部分として一七九万円、その他原告を父英吉が見舞つた際要した旅費(四万九二一二円)、その期間の父英吉の休業損害(六万五〇〇〇円)等をこれに加味するれば慰藉料としては右金員が相当である。

(五) 損害の填補 一四五万四〇二一円

原告は前記治療費、通院費のほか一一一万八〇〇〇円の合計一四五万四〇二一円の自賠責保険金を受領した。

(六) 弁護士費用 七〇万円

本訴追行のため原告が原告訴訟代理人に負担を余儀なくされた費用である。

四 よつて原告は被告ら各自に対し、右(一)ないし(三)および(五)の合計金員から(四)の金員を控除した残額九〇七万八八六二円のうち、本訴においては七八八万六七六二円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四七年六月一七日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告今井、被告喜田)

一 原告主張の第一項(一)乃至(五)記載の事故発生の事実は認める。

原告の傷害の部位、程度ならびに入通院治療の経過は不知、後遺症の残存を争う。仮に原告主張の後遺症の残存ありとしても、嗅覚の喪失は自賠法施行令別表等級の第一二級に該当するにすぎない。

同項(六)記載の事故態様の内、被告今井が一時停止を怠つた旨の主張を争う。

被告今井は、本件事故現場交差点で一時停止標識に従つて一旦停止したが、交差する道路の手前片側車線(原告同乗の上田運転車の対向車線)には車両の通行が渋滞していたので、滞留する車両の間を徐行して通過しながら交差点に進入した際、右交差道路の向う側の車線を左側から訴外上田運転、原告同乗のオートバイが徐行もせず交差点の左右安全確認もしないで直進走行してきたので咄嗟にブレーキを踏んだが停止しきれず衝突したものである。当然右上田にも本件事故の原因を成す重大な過失が存在する。

二 同第二項の責任は認める。

三 同第三項の(三)の事実は争う。即ち

原告は未だ在学中の学生であり将来の職業も未定の模様であるから、逸失利益算定の基礎を欠く。

(被告猪原)

一  原告主張第一項の事実中加害車両の運転者が訴外上田、所有者が被告猪原であることは認めるが、その余の事実は不知。同第二項の事実は争う。

同第三項の事実はいずれも不知。

二  被告猪原所有の加害車両(ロ)は当時訴外上田信雄に貸与していたもので、被告猪原は運行供用者にあたらない。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  原告主張第一項の(一)ないし(五)の事実については原告と被告今井、被告喜田との間では当事者間に争いがなく、原告と被告猪原との間では〔証拠略〕により、これを認めることができる。被告今井に民法七〇九条の過失があること、被告喜田が加害車両(イ)の運行供用者であることは原告と同被告ら間に争いがない。

二  〔証拠略〕によると、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。本件事故現場はほぼ南北に通ずる幅員一〇・一メートルの道路と、そこに東側から幅員九・五メートル、西側から幅員五・九メートルの道路が直交する十字型交差点である。

被告今井のは東から西に向けて加害車両(イ)を運転し一時停止の標識にしたがつて該交差点の手前で停車した。その際北から南に向けての進行車線においては南方向にある踏切が遮断されていたため車両が渋滞していた。そのため被告今井はその渋滞車両の間を横切つて西側に抜けようとしたが、全く左側(踏切寄り)の車両の有無を確認しえない状態であつた。被告今井は右確認が出来ないまま、左側からの車両はないものと判断し、通常の発進の際の速度程度で車両間を抜けた。そして三・二メートル(中央線から西寄り二・二メートル)進行したところで折りしも踏切寄(南側)から進行してきた訴外上田運転の車両のバツクミラー付近にその前部を接触させるに至つた。

訴外上田は後部に原告を乗車させ特段徐行することなく北に向け進行したところ渋滞中の車両の間から、被告今井運転の車両が進出してきたのを発見した。

同訴外人は危険を感じて突嗟に急ブレーキをかけたが及ばず、右のとおり接触するに至つた。

右事実によると、被告今井には渋滞中の車両のため左方向が死角となつているにもかかわらず、いわばそろそろという出方ではなく(被告今井は徐々にというより少し早いかなと思う速度で進行した、もつともゆつくり車の鼻先を出せば避けられた旨の供述をしている)進行した過失があり、他方訴外上田にも交差点であり、かつ渋滞中の車両間を横断する車のあることを予見しえたのに、危険防止のため徐行することなく進行した過失があると言うべきである。(この両者を比較すれば被告今井の進行して来た道路は一時停止の標識があつて訴外上田の進行して来た道路に比しその優先関係を主張しえない関係にあり、これに一方が単車で他方が乗用車であること、渋滞車両間の出方が不適なこと等を考慮すると両者の過失割合としては被告今井七、訴外上田三の割合が相当と認められる。)

ところで被告猪原が訴外上田の運転していた車両の所有者であることは当事者間に争いがない。そうすると被告猪原は特段の事由なくば右車両の運行支配、運行利益を有するものと推認されるところ、被告猪原は右車両を訴外上田に貸与したと主張するのみで運行支配・運行利益を喪失したことのまでの立証をしない。単に貸与の事実だけではその保有者として地位を一般的に離脱するということはできないのであるから、(所有者と貸主が共同運行供用者になることの方が多い。)被告猪原もまた自賠法三条の責任があると言わなければならない。

よつて被告らはいずれも後記原告に生じた損害を賠償すべき義務があると言わなければならない。

三  次に原告に生じた損害について判断する。

(一)  原本の存在ならびに〔証拠略〕によると次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる確証はない。

原告は本件事故により、後頭部打撲傷(脳震盪)、左顔面擦過打撲傷、頭腔内出血、脳挫創の傷害を受け、絶対安静の状態で昭和四五年五月二六日から三一日間入院し、昭和四六年二月二七日まで通院(実日数八日)して治療にあたつたが、脳波に異常が見られるとともに嗅覚が異常となり、アンモニア臭にも反応しない無嗅症の後遺障害が残存した。そして右無嗅症については回復の見込なしと医師に診断された。右治療にあたり原告はその主張入通院中の治療関係費がかかつた。

原告は現在大学四年生(二一才)で、地理学科を専攻し、卒業後は郷里の沖繩県庁や市役所に就職する希望を有し、そこで自然開発の仕事を担当したい旨の意思を持つていたが、現在では無嗅症のためこれをあきらめざるを得なくなつてしまつた。

原告は、物特有の嗅いがしないため、食事(マツタケのように風味の強いもの)の楽しみがなくなつた。物を見てもその特有の嗅がしないため映画を見ているようで実在感が乏しく、ヴエールをかぶつて物事を見ているような、町を歩いてもどの町も同じように見えるというような状態におかれている。そして無嗅症とは別に原告は脳波異常の点で、将来に言い知れぬ不安感を有している。本件事故で原告が傷害を受けたことにより郷里の沖繩から父が見舞に来るに際し、数々の間接的損害も生じた。

以上の事実を前提に原告の損害額を判断すると次のとおりとなる。

(一)  治療費 三二万四〇二一円

(二)  通院費 一万二〇〇〇円

(三)  逸失利益

原告の無嗅症による労働能力の喪失率は、原告が現在大学四年生(二一才)で就職先もその職務内容も確定はしていないため、必ずしも明らかとは言いがたいが、鼻を欠損し、その機能に著しい障害が自賠法施行令別表九級五号、局部に頑固な神経症状を残すものが同別表一二級一二号に該当することを考慮すれば、少くとも一四%程度の影響があるものと認めるのが相当である。

原告の将来の収入については当裁判所に顕著な昭和四六年度の賃金センサス(昭和四五年度男子労働者の平均年収一一七万二二〇〇円)と比較すれば少くとも原告の主張額である年収七〇万円は下らないと認められる。

そこで稼働期間を今後三八年間とし、年五分の中間利息をライプニツツ計算法を用いて逸失利益の現価を算出すると次の計算のとおり一六五万三〇四四円となる。

七〇〇〇〇〇円×〇・一四×一六・八六七八=一六五三〇四四円

(四)  慰藉料

原告の無嗅症の後遺症に対しては、原告の平均余命(厚生省第一二回生命表によると二一才の男子の平均余命は約四九年である。)の間、一カ月につき五〇〇〇円程度の慰藉を講ずるのが相当と認められるので、これを現在一時に請求するため年五分の割合による中間利息をライプニツツ計算法を用いて算出すると一〇九万〇一二二円(五〇〇〇×一二×一八・一六八七)となる。これに入・通院による精神的肉体的苦痛、脳波異常に対する心痛、近親者の出捐、その他諸般の事情を考慮すると慰藉料総額は一二〇万円が相当と認められる。

(五)  損害の填補

原告が自賠責保険金一四五万四〇二一円を受領していることは原告の自陳するところであるので、これを右合計額から控除すると残額は一七三万五〇四四円となる。

(六)  弁護士費用

原告が本訴追行を原告訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであり、これに証拠蒐集の難易、被告の抗争の程度その他諸般の事情を考慮すると本件事故と相当因果関係のある損害の一費目としての弁護士費用は一七万円が相当と認められる。

四  よつて原告が被告ら各自に対し一九〇万五〇四四円およびこれに対する記録上明らかな訴状送達の日の翌日である昭和四七年六月一七日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるので認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言については同法一九六条にしたがい、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木一彦)

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